本小松石から削り出した、正岡子規の句碑を建てた事例|八千代市
この工事のポイント
施工前。お借りできたのは、小さな区画でした
施工後。まちの新しい名所になりました
八千代市の観光協会と有志の実行委員会の皆さまから、正岡子規が大和田の宿で詠んだ一句を、まちに残したいとご相談をいただきました。国道296号沿いの限られた区画に、譲っていただいた本小松石を石選びから加工し、世界にひとつの句碑として建てています。


① 譲り受けた本小松石から、句碑にする一石を選ぶ
以前うちで使った本小松石の残りを、ある方が譲ってくださいました。5代目が一本ずつ見て、句碑にちょうどいい一石を選んでいます。文字の割り付けも、石に当てながら決めました。

② 小さな区画に合わせて、切る位置から決める
お借りできた区画は、思いのほか小さなものでした。後ろの余裕がないので、石を切る位置を慎重に決め、実際に置いて隙間を確かめています。


③ ステンレスの耐震棒2本で、石ごと固定する
土台に鉄筋を組み、ステンレスの耐震棒を2本立てて下地コンクリートを打ちました。句碑の底にも同じ位置に穴を開けてあり、そこへ差し込んで据えます。人が行き交う通り沿いですから、倒れないことがいちばん大事です。
| 場所 | 千葉県八千代市・国道296号(成田街道)沿い |
|---|---|
| 時期 | 2024年3月〜5月 |
| 工事 | 句碑の製作と建立 |
| 石 | 句碑:本小松石/銘板:黒御影石 |
| 主な工事 | 石選び・切り出し・磨き(自社工場)/文字の割り付け/字彫り(専門の彫刻工場)/鉄筋とステンレス耐震棒入りの下地コンクリート/据え付け/銘板の取り付け/文字入れ |
| こんな方に | 記念碑や句碑を建てたい方/限られた広さの場所に石碑を据えたい方 |
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ここから先は、工事の中身を順番にお見せします。少し長くなりますが、完成したら見えなくなるところこそ、近藤石材店がいちばん力を入れているところです。
千葉県八千代市。明治の俳人・正岡子規が、房総の旅の途中に大和田の宿「柳屋」で詠んだ一句を、まちに残したい——観光協会と有志の実行委員会の皆さまからのご相談でした。国道296号(成田街道)沿いの限られた小さな区画に、本小松石を石選びから切り出し・磨きまで自社工場で一から加工し、世界にひとつのオリジナル句碑として建てました。地震でも倒れないよう、ステンレスの耐震棒でしっかり固定しています。石碑ひとつなかった場所が、通りがかりの人が足をとめる、まちの新しい名所になりました。
「この句を、八千代に残したい」
はじまりは、仕事の先輩からのご紹介でした。
正岡子規の句碑を、八千代にも立てたい。そういうお話です。といっても、どこかの事業やお店の看板というわけではありません。地元の有志の方々が実行委員会をつくり、寄付を集めて、みんなの手で建てようという取り組みでした。
「まちに残るものだから、ちゃんとしたものにしたい」。最初のご相談で、そう伝わってきました。私たち近藤石材店は、創業以来ずっと八千代の石屋です。地元のまちに、地元の石屋として関わらせていただける。これは嬉しいお話でした。
明治26年、この地で詠まれた一句
正岡子規が房総をめぐる旅に出たのは、明治26年、西暦でいうと1893年の3月のこと。その旅で、いちばん最初に泊まった宿が、八千代の大和田にあった旅籠屋「柳屋」だったそうです。
その宿の窓辺で詠んだのが、この句でした。
鶯や 窓をひらけば 竹の藪
窓を開けたら竹やぶがあって、うぐいすが鳴いている。130年前の、この八千代の朝の景色です。句碑を建てる場所も、その柳屋の跡地。国道296号(成田街道)沿いの、まさに子規が泊まったその場所です。とはいえ今はそこにお住まいの方が暮らしていて、句碑のためにお借りできた区画は、思いのほか小さなものでした。この小さな場所に、どう建てるか。ここから、いろいろと頭を悩ませることになります。

施主様(実行委員会)が残してくださった、句碑を建てる区画です。
石は、以前うちが納めた石の「残り」
句を刻む石には、本小松石を使いました。神奈川で採れる、昔から名の通った銘石です。青みのある落ち着いた色で、屋外で長い年月を過ごしても風合いがよく、記念碑や句碑にはぴったりの石です。
じつはこの本小松石、以前うちで使った石の残りを、ある方が譲ってくださったものでした。残りといっても、まだまだ全部きちんと使える、いい石です。5代目が一本ずつ見て、句碑にちょうどいい一石を選びました。

譲っていただいた本小松石です。加工する前は、こんな荒々しい状態。この中から、句碑にする一石を選びます。
じつは、まっさらな石を新しく切り出して、ぴかっと建てることもできました。でも、せっかく百年以上も前に詠まれた句です。できたてのつるつるの石よりも、少し時代を経た、落ち着いた石のほうが、この句には似合う。そう思って、いろいろ吟味したうえで、この譲っていただいた本小松石を使うことに決めました。
石を選ぶところから、切り出し、磨き、そして現場で建てるところまで、じつは字彫り以外はぜんぶ自社の工場でやりました。文字を彫るところだけは専門の職人にお願いしましたが、あとは一から近藤石材店の手で仕上げた句碑です。
まず、どの石に、どんな大きさで文字を入れるか。いろいろな石に文字の割り付けを当てて、仕上がりを試します。切り出すと小さくなってしまう石は、この段階で見送りました。

いろいろな石に文字を当ててみます。切り出すと小さくなる石は、この段階で見送りました。
そうして選んだ、いちばん良い一石を現場へ持ち込み、実行委員会の杉山会長と黒澤さんに、石と文字を見て確認していただきました。

選んだ最良の一石を持ち込み、実行委員会の杉山会長と黒澤さんに確認していただきました。
石が決まれば、切る位置を決めます。今回は句碑の後ろのスペースが狭かったので、どこで切るかは、いつも以上に慎重に見きわめました。

後ろのスペースが狭いので、石を切る位置を慎重に決めます。

切ったあと、区画にちゃんと収まるか、隙間を確かめます。下に敷いたコンパネが、区画全体の大きさです。
できあいの石碑を買ってきて建てるのではありません。一本の石を選ぶところから、寸法も形も、この場所とこの句に合わせて一から加工していく。手間はかかりますが、そのぶん、世界にひとつだけの句碑になります。自社に工場があるからこそできる、近藤石材店のいちばんの強みです。
小さな区画に、大きさと安全を収める
じつは、いちばん頭を悩ませたのがここでした。句碑を建てられる場所は、思っていたよりずっと小さな区画。そこにただ収まる大きさで石を置けば、こぢんまりとまとまってしまいます。
でも、せっかくの句碑です。通りから見て、ふと目にとまるくらいの大きさ、存在感は残したい。かといって、国道沿いで人も車もすぐ近くを通る場所ですから、地震で倒れない安全も欠かせません。そのうえ、見た目もきれいに整えたい。大きさと、安全と、見た目。この三つを、限られた区画の中で全部そろえる。石の厚みひとつ間違えれば区画に収まらないので、そこは本当に神経を使いました。
現場では、まず土台に鉄筋とステンレスの耐震棒を組み、下地コンクリートを打ちます。ただ土台の上に石を置くのではなく、土台と碑を一本の芯でつなぐようなやり方です。ステンレスを使うのは、長い年月でもさびて弱らないようにするためです。

土台に鉄筋とステンレスの耐震棒を組み、下地コンクリートを打ちます。

下地コンクリートが固まった状態です。
土台がしっかり固まったら、いよいよ碑を据えて、耐震棒で固定していきます。見た目には出てきませんが、こういう場所に建てる石だからこそ、揺れても倒れにくくしておく。石の厚みひとつ間違えれば区画に収まらないので、そこは本当に神経を使いました。

固まった土台に碑を据えて、しっかり固定していきます。
通りがかりの人にも、句の意味が伝わるように
句碑のそばには、黒御影石の看板石も添えました。句だけがぽつんと建っていても、通りがかった人には「これは何だろう」で終わってしまいます。
正岡子規がどんな人で、いつ、なぜこの句をここで詠んだのか。それが分かる説明を、黒御影石に刻みました。黒御影は文字がくっきり読みやすく、看板の石によく合います。

句の背景を刻んだ、黒御影石の看板(銘板)を取り付けます。
看板も付いて、句碑としては、ひとまず形になりました。

看板も付いて、施工としては、ひととおり終わった状態です。
ただ、これで終わりではありませんでした。できあがった句碑を、あらためて遠くから眺めてみると——文字は大きく彫ったのに、石そのものが時代を経た渋い表情なので、どうしても字がぼんやりして読みにくい。本当は、良い石に色を入れるのは、少しもったいない気もします。でも、読めなければ意味がありません。だから、あとから文字にペンキを入れて、遠くからでもはっきり読めるようにしました。

文字にペンキを入れます。石は時代を経た風合いですが、文字はペンキを入れないと読みにくいので、あとから入れました。
石を建てるだけでなく、読んだ人が「へえ、そうなんだ」と思える。そこまでを一つの仕事だと思っています。
まちの、新しい名所になった日
句碑が仕上がり、除幕式を迎えました。除幕の日は、正岡子規がこの地に泊まった、まさにその日に合わせたそうです。130年の時をこえて、同じ日に。

除幕式の前。正岡子規がこの地に泊まった日に合わせて、除幕式を行いました。
除幕式には市長さんも来られて、「新しい観光名所ができた」と喜んでくださったそうです。後日には、千葉日報さんをはじめ、多くのメディアにも取り上げていただきました。

後日、千葉日報さんをはじめ、多くのメディアに取り上げていただきました。
協力者のお名前を刻む碑にも、ぜひ名前を入れてほしいと言っていただいて、当店や関係者の名前を彫刻させていただきました。地元の石屋として、こうして名前を残していただけるのは、ありがたいことです。

協力者のお名前を刻む碑に、当店や関係者の名前も彫刻させていただきました。
なにもなかった小さな区画に、本小松石の句碑がすっと建つ。国道を通る人が、ふと足をとめて読んでいく。130年前にこの場所で詠まれた一句が、また八千代のまちに戻ってきたようで、私たちも嬉しかったです。
お墓だけでなく、こうした句碑や記念碑も、地元の石屋としてお手伝いできます。まちに残したいものがありましたら、気軽に声をかけてください。
施工前 → 施工後

施工前。加工する前の、まだ荒々しい本小松石です。

施工後。本小松石の句碑が完成し、まちの新しい名所になりました。
🔨 5代目のひとこと
今回は、仕事の先輩からの紹介でお声がけいただいた話でしてね。どこかの事業ってわけじゃなくて、有志のみなさんが寄付を集めて、正岡子規さんの句碑を八千代にも立てよう、という取り組みなんです。石は本小松石。前にうちで使った石の残りを、ある方が譲ってくださって、それを使わせてもらいました。残りっていっても、全部ちゃんと使えるいい石なんですよ。石選びから、切ったり磨いたり、建てるところまで、字彫り以外は一から全部うちの工場でやりました。ひとつ心残りは、肝心の石を磨いているところの写真を撮りそびれちゃってね。切るところまでは残っているんですが、そこだけ撮れなかったのが、ちょっと悔しいです。それでも、まちにずっと残るものを一から手がけさせてもらえたのは、ありがたかったです。
正岡子規句碑建立実行委員会様にいただいた疑問・ご質問
Q. 屋外に建てる句碑や記念碑は、地震で倒れないのですか?
土台と碑の中にステンレスの耐震棒を通して固定するので、揺れても倒れにくくなります。人通りのある場所ほど、この耐震はしっかりしておくべきだと考えています。
Q. お墓以外の、句碑や記念碑の建立もお願いできますか?
はい。句碑・記念碑・石看板なども承っています。地元八千代の石屋として、まちに残る石のものはひととおりお手伝いできます。まずは見に行くところからで大丈夫です。
Q. 場所が狭くても、句碑や記念碑は建てられますか?
はい。今回のように限られたスペースでも、大きさ・安全・見た目のバランスを見ながら、石の厚みや形を調整して建てられます。まずは現場を見せていただければ、その場所に合ったかたちを一緒に考えます。
お墓のことで気になっていることがあれば、まずは写真だけでも大丈夫です。今のお墓を見て、10年後もラクにお参りできる直し方を一緒に考えます。
執筆:有限会社近藤石材店 5代目 近藤洋(創業1925年・千葉県八千代市佐山1837-1・TEL 047-488-5054)