代表挨拶

代表のお墓づくりへの想い

お墓づくりをお考えのお客様に、私からお伝えしたいことがあります。

それは、「お墓の本当の価値は、いい石を使うことよりも『10年後の姿』が全てである」ということです。

建てたばかりの時は、どんなお墓も美しく見えます。ですが、雨風にさらされ、年月が経った時にどうなっているか。そこに、お墓の本当の価値が出ると私は思っています。

どんなに高級な石を使っても、土台が甘ければ傾きます。設計が悪ければ、水がたまり、汚れや雑草が増え、お掃除の負担がご家族にのしかかってしまいます。

10年後、20年後にお参りする方が、

「いつも綺麗で、お掃除が楽で助かるね」
「ここなら安心してお参りできるね」

と、自然に思えるお墓であること。それが、私たちが目指しているお墓づくりです。


10年後に差が出るお墓づくり

石材業に20年以上携わる中で、たくさんのお墓を見てきました。新しく建てる現場だけでなく、リフォームや修理で呼ばれる現場も数多く経験してきました。

特に忘れられないのが、2011年3月の東日本大震災です。ここ千葉県でも建物や墓地にかなりの被害が出ました。翌日から今まで感じたことのないほどの電話が鳴り続け、墓地の修理依頼は累計で300件を超えました。その年は毎日、朝から暗くなるまで、傾いたり、ずれたり、壊れてしまったお墓の修理に回り続けました。

その時に強く感じたのは、「建てた時にはわからないことが、時間が経つと必ず出てくる」ということです。地震という極端な例ではありますが、基礎の厚み、接合部の精度、排水の設計——そういった見えない部分の差が、いざという時に大きく表れる。この経験が、ただの職人だった自分を変えました。

そして震災だけでなく、リフォームや修理で呼ばれるたびに、雑草だらけになった敷石、沈んで傾いた外柵、手も入らない隙間に根を張った植物——丁寧にお参りしてきたご家族が、毎回草むしりをしながら「またこんなになってしまった」と肩を落とす姿を、何度も見てきました。

石は悪くない。ご家族も悪くない。

ただ、「建てた後のことまで考える」という視点が、設計の段階で少し足りなかっただけです。

だったら自分はそこをやろう、と思いました。建てた瞬間だけでなく、5年後、10年後にご家族が楽でいられるお墓を作ろう、と。

その経験と想いがあるからこそ、私たちは「きれいでお手入れがしやすいお墓づくりの専門家」になりました。


見えない内部構造へのこだわり

お墓は、一度建てたら終わりではありません。ご家族が代々受け継ぎ、何十年も守っていくものです。

だから私は、建てた瞬間の見た目を整えること以上に、見えない内部の構造に徹底的にこだわります。

たとえば、墓所の内部。一般的な施工では、基礎を掘った時に出た土を内部の空間に埋め戻すことがよくあります。ただ、土は年月とともに動き、沈みます。それが敷石の沈下につながり、目地が開き、そこから雑草が生える。だから当社は、雑草の原因になる土を墓所内に入れないことを徹底しています。

外柵の敷石も、既製品の寸法で割り付けると最後に数センチの半端な石が入ることがあります。目地が増えるほど、そこから草が生えるリスクも増える。だから当社は、できる限り1面に1枚で収まるよう大きな石を使います。3メートルを超える外柵でも、問屋に嫌がられることがあっても、1面1本にこだわっています。目地を1本でも減らした方が、10年後のお客様が楽だからです。

基礎も同じです。計算上の強度だけでなく、一番荷重がかかる場所に十分な厚みを確保すること。動かないものがずっとそこに鎮座し続けるからこそ、見えない部分の精度が10年後、20年後の姿を左右します。

外から見える美しさを繕うことよりも、内部をしっかりつくること。そういった見えない部分の積み重ねが、10年後、20年後の姿を大きく左右します。


残せるものは残すという考え方

また、お墓は新しく建てることだけが全てではありません。

石は、本来100年以上持つ素材です。

他社様で建てられたお墓であっても、年月とともに、雑草が増えてしまった、石がずれてきた、外柵が傷んできた、花立や香炉が使いにくい、墓地全体が古く見えてきた——そういったお悩みは必ず出てきます。

だからこそ私は、まだ使える石まで壊してしまうのではなく、活かせるものは活かしたいと考えています。

ご家族が守ってこられたお墓には、形や石材、そのご家庭ならではの想いがあります。だからこそ、先代やご家族が建てられたお墓の形を尊重し、残せるものはできる限り残すことを大切にしています。

まだ使える石は活かしながら、掃除がしやすく、お参りしやすく、長く守っていける形へと整えていく。そうしたリフォームや修理も、近藤石材店の大切な仕事です。

当社には自社工場があります。そのため、古くなったお墓でも、使える石は加工し直し、新しい形に生まれ変わらせることができます。

ご先祖様から受け継いだ想いを残しながら、これから先も長く守っていけるお墓にすること。それが、私たち近藤石材店らしいお墓づくりだと思っています。


『100年残る石製品を』


この言葉を胸に、私たちはこれからも、地震に強く、きれいで、お手入れがしやすく、10年後も「建ててよかった」と思っていただけるお墓づくりを続けてまいります。

有限会社近藤石材店
代表取締役 近藤洋

プロフィール

出身

千葉県八千代市

生年月日

1984年6月18日(41歳)

好きな言葉

置かれた場所で咲きなさい

趣味・好きな事

野球・ソフトボール・ジグソーパズル

家族構成

妻知美と3人の子供の父

学歴・職歴

2003年3月

私立八千代松陰高校卒業

2007年3月

東洋大学工学部建築学科卒業

2007年4月

有限会社近藤石材店に入社と同時に取締役に就任

2024年9月

有限会社近藤石材店の代表取締役に就任

幼少期~学生時代
千葉県八千代市出身 先祖代々石工の家系である、1984年に近藤石材店の長男として生まれる。
幼少期から石材加工ができる工場を兼ねた自宅で過ごし、事あるごとに石の上に登って遊んでけがをするといったやんちゃな子でした。また、遊びにいくという3代目の父に連れられて、よく現場近くの公園や庭先で遊んでいました。
小学校3年から地元の少年野球チームに所属して、中学、高校と野球部一筋で汗を流した学生時代でした。ものつくりに興味があり、でっかい家を自分で建てたいと想いをもって東洋大学は建築学科に入学し、製図や構造といったことを学びました。

20代前半
人生の転機となったのは21歳の大学3年の冬でした。父である3代目が突然の病気で亡くなってしまいました。就職活動を始めたばかりで一旦社会に出てから、家業の石材店に戻ることもありなのではと考えていたのですが、内定をけり就職活動を中断し家業を継ぐことに決めました。大学4年時は学業と近藤石材店のアルバイトとして、夏休みは知り合いの会社に1ヶ月半修行に行って、石屋としてのスキルを学びました。大学卒業後は近藤石材店に就職し、石工として働きだしました。

20代後半
近藤石材店に就職してから、数年間は普通の職人として人並みに働いていました。そんな自分の仕事観を大きく変える出来事が突然しました。それは26歳の時の2011年の3月に「東日本大震災」がおきました。ここ千葉県でも、建物や墓地にかなりの被害が出てしまいました。地震があった日もそうですが、あけた翌日からは今まで感じたことのないぐらいの電話が鳴り続け、毎日墓地の修理依頼が累計で300件を超えたことを覚えています。2011年は毎日毎日朝から暗くなるまで、墓地に行っては傾いたり、ずれり、壊れてしまった墓石の修理を行っていました。この東日本大震災の経験が1人のただの職人から、石工になれたと思います。

30代前半
30代になり仕事にも慣れてきたころ、仕事だけでなく何か地元とのつながりが必要なのではと思っていたころ、地元の先輩から、八千代青年会議所への入会のお誘いがありました。
青年会議所に入会すると、八千代市をはじめ近隣の多くの経営者仲間と知り合うことができ、様々な業種の方と話をする機会を得たことで、仕事の幅が一気に広がりました。
そして、33才には妻知美と結婚し、同時に2児の父にもなったことで、責任を持った立場になったことで、より一層仕事に打ち込むようになりました。

30代後半~現在
2020年にコロナが流行したことで、仕事のやり方も変わりました。全て現場での打ち合わせ、紙での書類作成などが昔ながらの石屋でしたので、仕事にWEBやITの活用を積極的に取り組みだしました。
また2020年には次女紬が産まれ、5人家族になりました。

そして30代後半は経理担当だった4代目近藤昌子から、会社の会計を引き継ぎ、現場だけでなく会社の資金の流れを学び、代表交代への準備を進めていきました。
2024年に私が40歳になり、先代の母が70代になったこともあり、2024年9月に代表を交代するという運びとなりました。